|
帰国をしてから、娘たちは私の親戚の方々にたくさん会いました。 久し振りに帰ってきたからか、いろいろな人たちが会いに来てくれます。 娘たちはそのひとりひとりにとても興味があり、「この人はどこに住んで何をしているのか」「ママとはどんな関係なんか」いろいろ質問します。 また、亡くなった祖父母や叔母の写真などを見つけるとそれにもとても興味があるらしくまたいろいろな質問をしてきます。 本人たちは何も意識せずただ、興味があるから質問してくるんだと思うのですが、そんな娘たちを見て、私は「アイデンティティを自分たちなりにさぐっているんだなあ」思いました。 幸い、よい方が多かったので、今回彼女たちにとって「私は誰?」という内なる欲求をいい物で満たせたのではないかと思います。 ***** そう思ったとき、はた、と思いました。 究極的な父、私たちの神様。 私たちも「父像」「神像」を知りたい、と求めているし、それがいい「像」であるか、ないかで私たちのクリスチャンとしての(別な宗教でも)アイデンティティに大きな影響を与えるなあ・・・と。 いつも私たちの味方である父。 私たちの弱さを許してくださる父。 それだけではなく、 永遠なるお方。 すべてを支配されているお方。 もし、私たちがほんとうの父像を真剣に信じていれば、私たちのアイデンティティは 無敵 じゃあないですか!! ***** なぜそんなことを考えたかというと、もうひとつの出来事がありました。 日本に出張中の主人ですが、日本にいながらも、あちらの大学の様々なトラブルの処理をメールでやり取りしていました。 結果的に主人はスキャンダルに巻き込まれ、かなり深刻な処罰を受けることになりそうなんです。 主人はもちろん、落ち込ました。 とーーーーっても落ち込みました。 危ないくらい落ち込ました。 そんなとき、ただ、彼を救えたのは、「神像」と自分のアイデンティティーでした。 人があなたを「ダメなやつ」と決め付けたとしても、神様はすでに十字架上でイエスの血潮のゆえに私たちを「完璧」な存在としてみてくださる。 人はあなたを理由なしで攻めるし、表面上私たちが負けるかもしれない。けれど、霊においては主が既に勝利を取られたのだからそれを信じて、自分のすべてが負けたと思わないように。世的なことで負けても霊は勝利しているのだから、それが一番大事。 などなど。 なんとか、気を取り直した主人。 これからも試練だなあ。 ***** イエス様を知る。 それ自体が大事なことだけれど、実際問題、そのことで、私たちが助かる。 助かるためだけに主を知ろう、とはしたくないけれど。純粋にただ、主を知り、主のそばにいられるように、そうなりたいです。 |
| << 前記事(2008/05/08) | トップへ | 後記事(2008/06/13)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
トラブルの処理・・・というところまでうちの主人の状況と同じでびっくりです。 |
MIKU 2008/05/22 00:20 |
ぴったりの聖書の箇所、ありがとうございます。皮肉?にも人生の荒波の時に、聖書の真理が理解できたりします。だから、つらいけれど、ハレルヤですね! |
パール 2008/05/22 17:24 |
| << 前記事(2008/05/08) | トップへ | 後記事(2008/06/13)>> |